時は平安。
活気溢れる昼の喧騒も途絶え、夜の帳が下りる頃、京の都は人間の情念と死者の怨念が黒く渦巻き、魑魅魍魎が跋扈する魔界都市へとその姿を変える。
都の片隅、閑静な庵の裏庭に掘られた何の変哲もない古井戸一つ。
草木も眠る丑三つ時。漆黒の闇の中、井戸の蓋を開け、吹き揚げる妖気の中にその身を踊らす人影あり。
その人影こそ誰あろう、庵の主・小野篁(おののたかむら)であった。
小野篁、現世では朝廷に仕える有能な官吏でありながら、夜ともなれば自宅裏庭の古井戸から魔界に赴き、閻魔大王の補佐役を務めるという稀代の才人、否、魔人である。
さて、処は冥府。今宵も酒を酌み交わす閻魔大王と篁。
「篁ちゃん、ここんとこどうよ?? なんかさ~、最近さ~、おたくの帝のいい噂聞かないよ。ヤバいんじゃね? また政権交代(爆)」。
「最近、また新しい愛人ができまして・・・」。
「えっ、マジ~!! 好きだよね~、よくもつね~!! 俺なんかさ~シオシオのパ~よ(爆爆)」。
現世の噂話を肴にメートルが上がった頃、手下の赤鬼が新しい罪人を連れて下手より登場(爆)。
「閻魔大王に申し上げます。この男、現世では朝廷管官吏の立場を悪用し、私腹を肥やしていた悪人にございます」。
すっかり出来上がっている閻魔大王、罪人の顔も見ず、
「そんじゃ、針の山、針の山でヨロピコ。赤鬼ちゃん、よろしく哀愁、な~んちゃって(爆)。でさ~篁ちゃん、この間の合コンの女子達どうよ、脈あるかな??ガハハ」。
閻魔大王の杯に「純米酒・死神」を注ぎながら、その罪人の顔をチラリと垣間見た篁、それがかつて自分が朝廷内で孤立した際、自らの身を呈して擁護してくれた右大臣であることを知る。
「大王さま、お願いの儀がございます。実はその罪人、私が現世で大変にお世話になったお方。先程申し述べられた罪状は恐らくは権謀術数の末の捏造かと。この篁が知る限り、このお方は立派な官吏役人、どうかここはこの篁に免じまして現世に送り返していただけませぬか」と申し出た。
「えっ、マジ? 篁ちゃんのお友達? あっそ~だったんだ! オッケー、OK! オッケー牧場。篁ちゃんが言うなら何の問題もなし。ノープロブレム。帰っていい。帰っていいよ~んっと」。
異様に軽い閻魔大王。
こうして右大臣は奇跡的に息を吹き返した。
蘇生した右大臣は、現世への帰り際「くれぐれもこのことは内密に」と篁に耳打ちされたこともすっかり忘れ、あの世での篁の活躍ぶりを喧伝しまくり千代子。
やがてその噂は都中に広まり、現生で悪行を重ねた役人・官吏達はこぞって篁詣でに明け暮れたという。
閻魔大王と小野篁の一譚、これにて。