2011年6月24日金曜日
追憶 伝説の高級牛丼店 「特選吉野家あかさか」
今を遡ること33年ほど前、赤坂見附駅の一ツ木通りに伝説の高級牛丼店「特選吉野家あかさか」が存在した。
店名からもわかるように、あの吉野家が経営していた高級牛丼店である。
一ツ木通りに面したその店の門構えはまるで高級割烹店の趣を呈し、一歩店に足を踏み入れると、そこは我々が知るところの「吉野家」とは全くの異空間であった。
入口のレジ付近に置かれたガラス張りの冷蔵ケースの中には、白布で包まれた牛肉の塊と、「しゃぶしゃぶ」用にスライスされた霜降り肉の「薔薇盛り」とがディスプレイされ、冷蔵ケースの上には「当店で使用している牛肉です」というPOPが誇らしげに置かれていた。
店内に入り固唾を飲んでその光景に見とれていると、粋な着物を着こなした「仲居さん風の女性店員」がお出迎え。一人である事を告げると左手奥のカウンター席へと案内された。
椅子に腰を下ろせばカウンターはピカピカに磨きあがられた木目材。その厚さ、奥行から一枚物である事が見てとれる。
盆に載せたお茶を楚々とした足取りで運んで来た「仲居風の女性店員」に「特選牛丼セット」を注文して待つこと暫し、絵柄は通常の吉野家のそれと同一ながら、全体はやや大ぶりな丼と味噌汁、そして香の物の3点が載った「漆塗り風」の盆が眼前に置かれた。
「仲居風の女性店員」は「ごゆっくりお召し上がり下さい」と一礼すると踵を返し、厨房の方角へと音も無く去って行く。
その後ろ姿に暫し見とれた後、ふと我に返り眼前の丼を手にとると、茶会の作法のように一回りさせて器を愛で、おもむろに牛肉を摘みあげると口へと運ぶ。
う、う、う、美味い~!!! 口中に肉のサシ(脂部分)と「特選吉野家あかさか」特製秘伝のタレとが奏でる至福のシンフォニーが鳴り響く。
その快感は口中粘膜から脊髄を経由して脳内の快楽認知部分を刺激、その結果放出されたドーパミンにより全身が弛緩し没我の境地に達する。全身に軽い痙攣が走り抜け一瞬箸が止まった。
それは、紛れも無く、冷蔵ケースの中の和牛そのもの。それを今俺は口にしている! 征服欲は人間の「業」にしてその存在をたらしめるもの。
もちろんその後は、いつものように丼に口をつけ、息つく暇なくカッこんだ事は改めて記すまでもなかろう。
薄く涙を浮かべながら最後の肉片とご飯を胃の腑に収めた時、心地よい達成感が心に満ち溢れたのを今でも記憶している。
その対価、金1,000円也。しかしその価値は十二分に感じさせる充実した内容であった。
あれは、夢か現か幻か?? 時はバブル景気の幕開けとなった1986年。
まさに時代の仇花とも言える伝説の高級牛丼店のお話はこれまで。