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2011年6月13日月曜日

アテンション プリーズ


やっぱスッチー(今はCAとか呼ぶんだっけ?)は男の永遠のロマンでしょう!

スチュワーデスと言えば、1970年~71年(昭和45年~46年)に日曜日19:30~18:00までの通称「不二家枠」で放送されていたドラマ「アテンション プリーズ」。

当時は小学校5年生。思い起こせばマセ餓鬼の典型みたいだったな~(爆)。

紀 比呂子(きの ひろこ)演じるスッチーの卵 ' 美咲洋子 ' が、数々の失敗を繰り返しながらも立派な国際線スチュワーデスへと育ってゆく姿を描いたこのドラマ、当時、日本全国の小学生(特に女子)の殆どが観ていた。

自分の周りにも、このドラマがきっかけでスッチーやパイロットなりたいと、その後の人生を決めた同級生が何人もいた。

今の人には信じられないだろうが、日本人が海外旅行を自由にできるようになったのは1964年(昭和39年・俺様が5歳の時)のこと。しかも当時は外貨の国外持ち出しは年一回500$(当時は1$=360円の固定相場)と厳しく制限されていた。

しかも、しかもである、国際線を飛ばすことができる航空会社は日本航空(JAL)一社だけ! これは法律で決められていた(マジで)。つまり、そりゃ親方日の丸にもなるわな~(爆)。それが今日どうなったかは記するまでもなかろう。驕れる者も久しからずの喩え通り・・・。リーマンブラザーズだって同じ。常に「まさか」は起こるのである。

しかし、そんなの関係ね~(ピ~エ~)! このドラマは放映された1970年(昭和45年)は、日本航空に初めてボーイング747型(100型)が導入された年。高度成長の追い風もあり、個人の海外良好ブームに火が付き始めた時期である。要はイケイケどんどん、今の中国みたいな状態だったわけww。

日本航空は、会社のPRとスッチーの知名度アップ、そして海外旅行客の増加を狙い、ドラマの制作に全面協力。

その思惑通り、ドラマは大ヒット。日本全国にスチュワーデス志望の女子が溢れ(何せ仕事で高嶺の華の海外旅行に行け、自分達も男から「高嶺の華」と呼ばれる存在になるのである。しかも超高給! 計算高い女にとって、こんなにいい商売は他にない!(だから女ってや~よね~)

そして、そのスッチー目当てに飛行機に乗るという' よこしま ' な目的を秘め(お前だ!)飛行機利用者も急増しJALはバンバンジー、否、万々歳となったとさ(笑)。

でも、このドラマに出てくる5代目の制服、ミニスカートと黒いストッキングがたまりませんな~ww。デザインは森英恵先生だったっけな。憧れたよな~。

因みに、この頃、ファーストクラスに乗ると、スッチーが着物に着替えてサーブしてくれるサービスがあったんだぜ。

その頃にファースト乗りたかったな~(泣)。

でも、やっぱ日本航空のシンボルマークは「鶴丸」だよね!













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